天才ではないけど「アーツ・アンド・クラフツ」
はじめてのことは何でも強く印象に残るものです。デザインの件のことでもそうだけど何度も同じことを繰り返しているとだんだんつまらなくなって来るのだけれど、でも、アートの歴史について調べているとどこか心が落ち着いてきたりするものです。ちょっと今、相手の心に疑いを持ってしまって、色々と手につかなくなってしまっています。デザインの件のことなどもやらなくてはいけないのですが、なかなかうまく進んでいきませんね。ところで一頃、西暦2000年問題というのが流行しましたが、あれってなんだったんでしょうね。なんでも、人類が破滅するレベルの危機だあ、というところまでフィーバーしていたはずなのに、気がついたら何も無くて良かったには良かったけど。要するに、世の中の専門家・評論家というものの限界を示した一例かもしれませんね。一過性じゃない問題としてはウイルスがありますね。いまじゃ、ウイルスが蔓延して、私のところにも毎日のように変なメールが送られてくるのですが、結構、送ってくるほうもマメなものですね。いくら仕事とは言っても、近代デザインの話題もちょっと低迷しつつありますが、「アール・ヌーヴォー」、「アール・デコ」とくれば、「アーツ・アンド・クラフツ」でしょうか。最近では、「アーツ・アンド・クラフツ」とか、他の近代デザインについてやはり調べたいなあなんて思っています。「アーツ・アンド・クラフツ」は良いですね。
ちょっとだけ特集コーナー
世紀末にもうひとつ静かに終わったのが、ノストラダムスの大予言でしたね。あれも、なんだか随分と長かったけれど、ようやく決着をみたわけだ。結局、予言とかなんとかいうものは、それでお金を儲けるための方便にされるんでしょうね。でも、テレビでも特別番組組まれたりするので、未だに、そうゆうことを信じる人がいて、それで世界経済が成立しているのでしょう。多分、今の時代、人々が「努力」という言葉を忘れ、「超○○」みたいないわゆる天才的才能に憧れを持つという流れなのかもしれませんが、それって、凋落する社会集団のひとつの前兆現象だと思っています。実を忘れ、虚の世界へ、その傾斜は今後もますます進むでしょうね。そうゆう番組を見たり、本を買ったりする人は、つきつめてみれば超能力を信じているのではなく、「信じたい」だけなのでしょう。おそらくは、自分を満たしてくれるものが少なくて、かなりクリエイティビィティに乏しいプライベートライフなんでしょうね。さてさて、またしても編集長から催促のはいっている近代デザインなんですが、今の流れは、「アーツ・アンド・クラフツ」は変わりません。私の友人が「アーツ・アンド・クラフツ」を絶賛していて、でも、もう少し地道な世界なんですよ。ここはね。ただ、好き〜とか行ってれば願いがかなうわけでもないし。その点は、考える必要があると思います。でも、この編集部で、まず調べるべきはやはり「アーツ・アンド・クラフツ」なんですね。
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